New york 1981 no:2
30年前のニューヨークの姿は今は徐々に無くなってきていますが、それも今の日本と同じで、機能的な街へと変化してるのです。でも、私は雑多で如何わしく、猥雑なニューヨークが好きです。
このイラストは私がレトロビル スケッチを始めたきっかけになったニューヨークタイムズの日曜版に載っていた広告です。これを描いた人の無駄なコダワリにとても驚き、共感した事を覚えています。そして、それがず〜っと頭にあり、今が在るのです。
分厚い新聞、厚みが5〜6㎝もある常識はずれの新聞に先ず驚き、ジョンレノンとオノヨウコのスッポンポンの写真が一面を占めていたり、ロバータフラックがテレビに普通に出演してる事に ”スゲー所なんだ” と。
チャイナタウンは混沌としていて、
ブルックリンから乗った地下鉄はペイントだらけで、照明の点いていない車両の中をグリーンベレーをかぶった自警団が見回り、切符変わりのトークンは数が少なく、一度に3枚くらいしか買えず、それでも、24時間走り続ける地下鉄に驚いたのです。
あちこちの地面から吹き出す蒸気と独特の臭いが今でも残っています。
ブルックリン橋は人も車も渡れると言う事を知らないで、只、見上げるだけ。
メトロポリタン美術館の大きさにあきれて、グッケンハイムの見にくい展示にあきれて、それを作ってしまう文化にしかたなく共感した時間でした。
エンパイアビルからの景色はレンガのホコリで茶色く、世界一の都市とは余り感じなかったが、文明の行き着く先が、ひょっとしたら同じようにホコリっぽいインドやネパールのカトマンズかも知れない。ブレードランナーの映画に出てくる街はあながち間違ってないかも!
ワシントンの市内は寂れて売り看板の出た店舗が沢山あって、これがアメリカの首都かと思ってしまったほどです。歴代の大統領の就任式はこの絵の場所ですが、ペンタゴンやホワイトハウスなどの公社が集まった唯の観光地にしか見えませんでした。
しかしながらこれがアメリカなのかも知れません、日本とは違う多人種の集まった国なのです。 ”それがどうした、少々のチグハグさは何処にでもある。”そんな声が聞こえそうです。そして、このプレートのようなバタ臭さが残るニューヨークが私は好きです。
そしてこの安っぽいチケットが好きです。
それと共に、こんな街並も徐々に無くなって行くのが残念です。
でも、もう一度確かめに行きたいと思っています。今の私に感じられる30年前とは違うニューヨークを。次の特集が出来るまでチョット待ってネ!
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